島原鉄道 島原鉄道線の終点駅
(2010年12月・2020年12月)
14時38分、普通列車 島原→島原港が到着しました。
かつては、島原鉄道では国鉄線への直通運転が行われており、国鉄の同形車と区別するための「三本ひげ塗装」や「赤パンツ塗装(島鉄標準色)」などを思い浮かべます。
現在はキハ2500形(13両)、キハ2550形(3両)が活躍しますが、基本的な車体構造や性能はJR九州のキハ125形気動車に準じており、外観は同じ黄色系を採用しています。
この駅は駅名の通り、この駅から島原港までは300m程の距離です。
この駅から加津佐までの路線がありましたが、その区間は赤字が顕著だったため、2008(平成20)年に廃止となり、この駅が島原鉄道線の終点駅となりました。
当初、島原鉄道は赤字による廃止区間を南島原(現 島原船津)-加津佐としていましたが、島原市からの要望により南島原(現 島原船津)-島原港は存続しています。
駅は1960(昭和35)年の開業。島原鉄道線は諫早-島原港間43.2kmで、日中は毎時1~2本の運行。(引用:Wikipedia)
駅横を横断する道路に「島原港駅」の看板が設置されています。
/ 終点駅には特に必要と思われる「タクシーのりば」の看板。島原鉄道(島鉄)は系列のタクシー会社を持ちます。
≪島原鉄道線≫
14時15分発、普通列車 島原行です。
右側にもホームの名残りが見えますが、レールが分断されており、現在は1面1線のホームです。
隣駅は車両基地のある「島原船津」です。
/ 黄色の車体塗色には、島原半島の大地の実りと、安心・安全への願いが込められており、裾部分のブルーの帯をアクセントとしています。
裾部分のブルーの帯が、なるほどアクセントになっていると思います。
/ 「おどみゃ島鉄」という子守娘がラッピングで描かれています。
14時4分発、普通列車 諫早行です。
この列車は島原鉄道線を全線走破する列車で、全区間の所要時間は1時間15分です。
≪駅と駅周辺からの眺め≫
ホームから区間廃止となった加津佐方向を眺めています。この駅は島原市内にあり、南島原市内の路線はすべて廃止となっています。
1997(平成9)年に列車交換設備が撤去されており、ホームとレールに昔の名残りを留めます。
/ 駅横の踏切付近から、使用を終えたホーム跡を眺めます。
駅ホームから諫早方向を眺めています。本線は踏切の先で左カーブとなり、隣駅の島原船津へ向かいます。
島原鉄道線は、口之津鉄道(現 島原船津-加津佐)=南目線と、島原鉄道(諫早-島原船津)=北目線が基になっていますが、口之津鉄道によって開業した区間は島原港-島原船津の1駅区間が残るだけです。
≪元 島鉄本社前駅≫
2010年12月に訪れた時の「島鉄本社前駅」です。今もあると思いきや、2019(令和元)年に「霊丘公園体育館駅」へ改称されています。(2010)
2020(令和2)年、島原鉄道は島原港駅と島原港に近い場所へ本社を移転しています。(2010)
/ 年季の入った感のある駅名標ですが、この駅は意外と新しく1984(昭和59)年に開業しています。(2010)
≪島原駅と島原城≫
この駅は1913(大正2)年の開業で、駅前の正面に「島原城」が見上げられる位置にあり、1989(平成元)年、島原城の大手門をモチーフにした現在の駅舎が完成しています。(2010)
13時47分、改札の外からホームの方を眺めてみると、「急行 南島原行」が停車中でした。南島原駅は、2019(令和元)年に島原船津駅へ改称しています。
/ 島原駅舎ですが、島原城の大手門と言われても疑わないような駅舎です。
島原駅舎内には、クラウス社製蒸気機関車の製造銘板2両分と、二代目1号蒸気機関車(ウイルソン社製)の製造銘板などが展示されていました。(2010)
/ 駅前から300mも歩くと島原城があります。やや緩い登り坂の先にあるので、まさに城下から見上げる感じです。
≪島原港駅の廃止地点 & 島原船津 車両基地≫
2008(平成20)年、島原港(当時は島原外港駅)-加津佐間が廃止された後、2010年12月にこの駅を訪れてみると、加津佐へ向かうレールが途切れていました。(2010)
/ 車両基地のある「島原船津駅」は、島原港駅の1駅隣りの駅です。1913(大正2)年に湊新地駅として開業し、その後、島原湊駅、南島原駅と改称され、2019(令和元)年に現在の駅名となっています。
≪島原鉄道線の歴史≫
1911(明治44)年 諫早-愛野村 島原鉄道 開業
1911(明治44)年 鉄道院から150号蒸気機関車(初代1号)譲受
1918(大正7)年 諫早-湊新地(現 島原船津) 島原鉄道 全通
1928(昭和3)年 港新地(現 島原船津)-加津佐 口之津鉄道 全通
1930(昭和5)年 初代1号蒸気機関車を鉄道院へ返還(保存)
1943(昭和18)年 島原鉄道が口之津鉄道を合併
1958(昭和33)年 国鉄線への直通運転を開始
1060(昭和35)年 島原外港駅(現 島原港) 開業
1980(昭和55)年 国鉄線への直通運転を廃止
1991(平成3)年 雲仙普賢岳の火砕流で一部区間が不通となる
2008(平成20)年 島原外港(現 島原港)-加津佐間 廃止
2019(令和元)年 島原外港駅を島原港駅へ改称
(2010年12月・2020年12月)
14時38分、普通列車 島原→島原港が到着しました。
かつては、島原鉄道では国鉄線への直通運転が行われており、国鉄の同形車と区別するための「三本ひげ塗装」や「赤パンツ塗装(島鉄標準色)」などを思い浮かべます。
現在はキハ2500形(13両)、キハ2550形(3両)が活躍しますが、基本的な車体構造や性能はJR九州のキハ125形気動車に準じており、外観は同じ黄色系を採用しています。
この駅は駅名の通り、この駅から島原港までは300m程の距離です。
この駅から加津佐までの路線がありましたが、その区間は赤字が顕著だったため、2008(平成20)年に廃止となり、この駅が島原鉄道線の終点駅となりました。
当初、島原鉄道は赤字による廃止区間を南島原(現 島原船津)-加津佐としていましたが、島原市からの要望により南島原(現 島原船津)-島原港は存続しています。
駅は1960(昭和35)年の開業。島原鉄道線は諫早-島原港間43.2kmで、日中は毎時1~2本の運行。(引用:Wikipedia)
駅横を横断する道路に「島原港駅」の看板が設置されています。
/ 終点駅には特に必要と思われる「タクシーのりば」の看板。島原鉄道(島鉄)は系列のタクシー会社を持ちます。
≪島原鉄道線≫
14時15分発、普通列車 島原行です。
右側にもホームの名残りが見えますが、レールが分断されており、現在は1面1線のホームです。
隣駅は車両基地のある「島原船津」です。
/ 黄色の車体塗色には、島原半島の大地の実りと、安心・安全への願いが込められており、裾部分のブルーの帯をアクセントとしています。
裾部分のブルーの帯が、なるほどアクセントになっていると思います。
/ 「おどみゃ島鉄」という子守娘がラッピングで描かれています。
14時4分発、普通列車 諫早行です。
この列車は島原鉄道線を全線走破する列車で、全区間の所要時間は1時間15分です。
≪駅と駅周辺からの眺め≫
ホームから区間廃止となった加津佐方向を眺めています。この駅は島原市内にあり、南島原市内の路線はすべて廃止となっています。
1997(平成9)年に列車交換設備が撤去されており、ホームとレールに昔の名残りを留めます。
/ 駅横の踏切付近から、使用を終えたホーム跡を眺めます。
駅ホームから諫早方向を眺めています。本線は踏切の先で左カーブとなり、隣駅の島原船津へ向かいます。
島原鉄道線は、口之津鉄道(現 島原船津-加津佐)=南目線と、島原鉄道(諫早-島原船津)=北目線が基になっていますが、口之津鉄道によって開業した区間は島原港-島原船津の1駅区間が残るだけです。
≪元 島鉄本社前駅≫
2010年12月に訪れた時の「島鉄本社前駅」です。今もあると思いきや、2019(令和元)年に「霊丘公園体育館駅」へ改称されています。(2010)
2020(令和2)年、島原鉄道は島原港駅と島原港に近い場所へ本社を移転しています。(2010)
/ 年季の入った感のある駅名標ですが、この駅は意外と新しく1984(昭和59)年に開業しています。(2010)
≪島原駅と島原城≫
この駅は1913(大正2)年の開業で、駅前の正面に「島原城」が見上げられる位置にあり、1989(平成元)年、島原城の大手門をモチーフにした現在の駅舎が完成しています。(2010)
13時47分、改札の外からホームの方を眺めてみると、「急行 南島原行」が停車中でした。南島原駅は、2019(令和元)年に島原船津駅へ改称しています。
/ 島原駅舎ですが、島原城の大手門と言われても疑わないような駅舎です。
島原駅舎内には、クラウス社製蒸気機関車の製造銘板2両分と、二代目1号蒸気機関車(ウイルソン社製)の製造銘板などが展示されていました。(2010)
/ 駅前から300mも歩くと島原城があります。やや緩い登り坂の先にあるので、まさに城下から見上げる感じです。
≪島原港駅の廃止地点 & 島原船津 車両基地≫
2008(平成20)年、島原港(当時は島原外港駅)-加津佐間が廃止された後、2010年12月にこの駅を訪れてみると、加津佐へ向かうレールが途切れていました。(2010)
/ 車両基地のある「島原船津駅」は、島原港駅の1駅隣りの駅です。1913(大正2)年に湊新地駅として開業し、その後、島原湊駅、南島原駅と改称され、2019(令和元)年に現在の駅名となっています。
≪島原鉄道線の歴史≫
1911(明治44)年 諫早-愛野村 島原鉄道 開業
1911(明治44)年 鉄道院から150号蒸気機関車(初代1号)譲受
1918(大正7)年 諫早-湊新地(現 島原船津) 島原鉄道 全通
1928(昭和3)年 港新地(現 島原船津)-加津佐 口之津鉄道 全通
1930(昭和5)年 初代1号蒸気機関車を鉄道院へ返還(保存)
1943(昭和18)年 島原鉄道が口之津鉄道を合併
1958(昭和33)年 国鉄線への直通運転を開始
1060(昭和35)年 島原外港駅(現 島原港) 開業
1980(昭和55)年 国鉄線への直通運転を廃止
1991(平成3)年 雲仙普賢岳の火砕流で一部区間が不通となる
2008(平成20)年 島原外港(現 島原港)-加津佐間 廃止
2019(令和元)年 島原外港駅を島原港駅へ改称